感じの悪い人???

感じが悪い人は何が原因でそんな印象を与えてしまうのか。対立的な会話をしていても「敵ながらあっぱれ」と思わせる人との違いに迫った。

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■債権回収のプロと警察のプロのコミュニケーション力

「そんな意見を言っていいのですか。あなたにも家族があるだろう。われわれの意見に反対するとあなたと家族のためにならないよ!」という声が、会議の雰囲気を凍らせた。
 私は思わず発言者の顔をまじまじと見た。どちらかというと端正で、一見すると冷静な表情である。ただし、唇と頬に緊張が観察されたので、内心はかなり不安を感じていると判断できた。
 この瞬間に「感じが悪い人はなぜ感じが悪いのか」という研究テーマが私の頭に浮かんできた。新しい研究テーマを発見するきっかけを与えてくれたことに若干の感謝を感じているが、あの恐喝者まがいのビジネスパーソンに、私は二度と会いたいとは思わない。

 コミュニケーションを「仲良くなるためのコミュニケーション:friendshipを目指すコミュニケーションという意味でF型コミと省略」と「対立して、相手を説得または屈服させるためのコミュニケーション:confrontation=対立という意味でC型コミと省略」に分けて考えてみよう。
 企業で実施されているコミュニケーション・スキル研修のほとんどが、F型コミ・スキルの習得を目的としている。マネジャーやエグゼクティブのコーチングでは、「事業部長の鈴木さんは優秀なのだけれど、つぶされる部下が多く問題になっています。なんとかできませんか」という依頼が多い。この場合は、C型のコミュニケーションばかりしていた鈴木さんに、F型コミュニケーションができるようにすることがコーチングの目的になる。

 F型コミ志向のトレーニングには二つの前提がある。一つ目は、F型コミをするのか、C型コミをするのかは、状況に関係なく人間が選択できるという前提である。二つ目は、F型コミは人によい印象を与え、C型コミは悪い感じを与えるという前提である。
 まず一つ目の前提が怪しい。F型コミとC型コミを人間が選択できるなら、仲間割れは起きないはずだ。たとえば、新たにプロジェクトが発足したとき、たいてい和気あいあいで、未来への希望に燃えている。仲間割れがよいと思う人はほとんどいないだろう。F型コミとC型コミを選択できるなら、ずっとF型コミでいけばよい。ところが時が経つにつれて、お互いの考えや価値観の違いがあらわになってくる。組織を一つにまとめようとすれば、リーダーは反対意見を抑え、リーダーの意思に従わせるため、C型コミをとらざるをえなくなる。
 コミュニケーションは、社会的なコンテクスト(文脈や流れ)のなかで発生する。人と人との関係で重要なコンテクストは、仲良くするコンテクスト(接近)と対立するコンテクスト(回避)の二つであろう。当事者同士はコンテクストを選択できない。仲良しコンテクストならF型コミがふさわしく、対立コンテクストならC型コミが有効である。もしコンテクストに関係なく、C型コミかF型コミかを自由に選べば、社会生活は破綻してしまう。

 たとえば結婚式の披露宴に招かれた人たちは、仲良くするコンテクストに組み込まれている。そのような流れのなかでC型コミを選択し、「あなたのスピーチは人生の本当の姿を無視していて賛成できないです。そもそも結婚が人間に幸福をもたらす保証などありませんよ」などと言いだしたら、せっかくの披露宴は台無しになるだろう。
 対立するコンテクストにF型コミをもちこんで「悪い感じ」を与える典型的な例は悪徳業者の愛想笑いコミュニケーションである。つまりF型コミは感じがよく、C型コミは感じが悪いという二つ目の前提も間違っている。留意すべきは、コンテクストに合わないコミュニケーションをすると感じが悪くなるということだ(注1)。

 ビジネスの現場では利害が相反する対立コンテクストのほうが、仲良しコンテクストよりも多いのではないだろうか。そのため「さあ、みんなで仲良くやりましょう」という流れのなかで有効なF型コミよりも、「生き残るためにわずかな利益をいかに自分のものにするのか」という厳しいコンテクストのなかでのC型コミのほうが重要だと思われる。
 冒頭の恐喝的な言動をしたビジネスパーソンと私は、利害の相反する対決コンテクストのなかで出会っていた。恐喝的な言動がC型コミの一種と考えれば、あのビジネスパーソンはコンテクストを正しく読み取っていたのである。「二度と会いたくない」と思わせたのはC型コミのスキルに問題があったからではないかと仮説を立てた。
 そこで私は究極の対立コンテクストのなかで、C型コミを駆使して、対決する相手から「敵ながらあっぱれ」と心から思わせる人を探すことにした。究極ともいうべき対立コンテクストが存在する職業として債権回収と警察を選び、債権回収に関してトップクラスのビジネスパーソンと弁護士、30年を超える刑事歴を持つ人にインタビューをお願いした。そのインタビューからC型コミの三つの鉄則を抽出することができた。

●鉄則1:相手の立場に立って考える

 莫大な借金を背負った債務者は、破産申請してしまえば債権者が自由に財産を処分できなくなることを知っている。犯した罪が重いとき、犯人が死刑を覚悟してしまうと、容易に自供しない。債権回収の現場でも、取調室でも、相手が居直ってしまうとコミュニケーションの目的は達成されない。
 悲観的な考え方をするギャンブラーは、負けが込むと絶望にかられ衝動的になり、一か八かの大勝負に出る傾向が高いという研究結果がある(注2)。
 債権回収と警察のプロの人たちに、仲良しコンテクストと対立コンテクストの状況で、自分がどんな感情を感じるかを評価してもらったところ、日本で有数のC型コミのプロですら、対立コンテクストでは、緊張と不安が2〜4倍も高まることがわかった(注3)。
 彼らと対立している債務者と被疑者は不利な立場にあるため、さらに緊張と不安は大きく、おまけに悲観的になっているはずだ。負けが込み、やけを起こしたギャンブラーの心境に近くなっている。

 債権回収と警察のプロは共通して、対決カードをやたらと切ってはいけないと言う。
 刑事歴30年のベテランは「何日も口を利かない暴力犯を取り調べたことがある。ある寒い朝、彼がずっと着の身着のままであることに気付き、黙って温かい衣服を渡したら、翌日から素直に取り調べに応ずるようになった」というエピソードを披露した。
 債権回収で辣腕をふるった銀行家は、「三途の川を渡るところまで見届ける」ことを信条にしている。企業が倒産に瀕したとき、善意の経営者は長年働いた従業員の給与だけでも、倒産を前に払ってやりたいと思っている。給与の支払いに充てる資金を貸すと、恩義に思った経営者は、融資してくれた銀行に対して債権回収に協力してくれるようになるという。ともに、C型コミにおいて、相手の立場に立つことの大切さを物語っている。

 しかしC型コミのプロたちが対決カードを出さないのではない。C型コミのプロたちは、対決の場面で、相手を「おそれさせ」「恥ずかしい思いをさせ」「罪悪感を抱かせる」行為を仲良しコンテクストに比べて2〜4倍の頻度で行っていることがわかった。太陽だけでなく、北風も吹かせている。しかし相手の立場に立って考えずに、北風だけを吹かせると、プロではなく、単なる感じの悪い人になってしまう。

●鉄則2:考えを明確に表現する

 C型コミのプロたちは口をそろえて、「相手が何を考えているのかわからないとき、相手に不快感を持つ」という。
 対立コンテクストのなかで、プロたちも「次に起こることへの不安」を強く感じている。そのような心理状態にあるとき、相手が何を考えているのかがわからないと、不安を超えて、不気味さまで感じてしまうだろう。まして交渉の最終段階になって隠されていた意図があらわになったとき、「だまされた!」という思いしか残らず、交渉のプロでも、「あんな奴の顔を二度と見たくない」という思いにとらわれる。

 取調室で、被疑者と初めて対面するとき、刑事はまず、自分はどこに住んでいて、どんな趣味を持っているかなど、自分がどんな人間かを示すと、被疑者は口を開きやすくなるという。債権取り立てのトップ弁護士は、債務者またはその代理の弁護士と、共通の目標とマイルストーンを設定し、粘り強く交渉するうちに、双方でなんとなく社会的に意義あることをしているという協働意識が芽生えてくるという。
 対立コンテクストでは、ウィン─ウィンの結果で終わることはない。借金の取り立てに成功すれば債権者の勝利であり、債務者はその交渉に関していえば敗北である。したがって共通の目標とは幻想とよぶべきものだが、それでも共通の目標設定をしていくのがC型コミュニケーションの極意である。意図を隠してしまうと共通の目標を設定することができない。感じが悪い人は、自分の意図を隠し、共通の目標設定をする努力をしない人であるといってもよいだろう。

●鉄則3:ネガティブな情動の制御

 F型コミュニケーションの達人といえる人にもインタビューをした。一流のホテルパーソンなど接客を職業にしている人たちである。接客業では仲良しコンテクストのなかで、F型コミを使うことが主な仕事である。
 債権回収と警察のプロと、ホテルパーソンのそれぞれが、仲良しコンテクストで感じる情動の強さを1として、対立コンテクストでは何倍の強さを感じるかを調べたところ、債権回収・警察のプロは、接客プロに比べて、緊張や不安を感じる度合いの変化が少ないことがわかった。つまり債権回収・警察のプロはネガティブな情動を接客のプロに比べて強くコントロールできていると考えられる(注4)。反対に接客プロは仲良しコンテクストでは、債権回収・警察のプロよりも楽しさを感じやすい傾向が見られる。
 感じの悪い人は、彼らとは逆に、仲良しコンテクストではあまり楽しそうではないし、対立コンテクストではネガティブな情動のコントロールができない人であるといえそうである。

 感じのよいビジネスパーソンとして成長するための第一歩は、まずコンテクストを正しく読み取ることだ。次に、対立コンテクストではネガティブな情動をコントロールしつつ、相手の立場を理解し、こちらの意図をわかりやすく伝え、幻想でもよいから共通目標をつくりだす対話スキルを習得する。最後の仕上げとして、仲良しコンテクストでは、ポジティブな情動を解放するすべを身につける。この成長プロセスを経ることで、あなたはビジネスの修羅場で対立した相手から「敵ながらあっぱれ。もう一度あいつに会いたい」と賞賛されるビジネスパーソンになれるだろう。

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